2018年9月1日土曜日

日本語習得における文法と語彙の位置づけ

この記事は、NJ研究会フォーラム2018年9月号(https://archives.mag2.com/0001672602/?l=pfa161f2bd)に掲載されたものを、再掲しています。

 日本語を教えるというのは、学習者が日本語ができるように教育・指導することです。日本語ができるというのは、学習者があれこれの言語活動に日本語で従事できるようになることです。どんな「能書き」を並べたとしても、「日本語」の部分の増強の企画と成果がないと、日本語教育とは言えません。しかし、その部分を「日本語」として記述すると、どうしてもラング(システムとしての言語)中心の内容になってしまいます。おそらく、教育目標としては「斯く斯く然々の言語活動に日本語で従事することができる」というふうに記述して、その目標達成を確認(評価)するためのガイドラインに言語事項的な側面も書いておくという方法が適当かと思います。
 さて、わたしたち日本語教育者は学習者が「あれこれの言語活動に従事できる」ようにと、日本語のコースを企画し、計画して、教育を実践するわけですが、最終的に学習者と交わって具体的に教育・指導をするのは授業を担当する教師集団です。そして、教育の企画・計画では、学習者における日本語習得の経路に沿う形でカリキュラムを策定することができ、各ユニットの終了点での目標を示し、そこに至る経路の概略を示すことはできます。そして、表現活動の日本語教育(NEJでの教育やNIJでの教育)では、そのようにしています。しかし、ユニット全体に対しても各授業に対しても習得するべき言語事項を示すことはできませんし、補強すべき言語的側面(音声、語彙、文法、社会言語的側面など)を一つひとつ明示することもできません。当該のユニットの教育実践は、ユニットの目標達成ということをにらんで、授業を担当する教師集団で、教師個々に判断して、あるいは教師集団で判断と対応を共有しながら、行うほかありません。つまり、日本語ができるようにするためのすべての側面は、学習者がそれらに習熟できるように、その教師集団によってうまくカバーされなければなりません。
 さて、日本語技量を育成する教育と指導はざっくりと言って、どの側面にどれくらい注意とエネルギーを向けるのが適当でしょうか。日本語技量を構成する側面ということで、取りあえずは書記言語のことは除くとして、文法の側面、語彙の側面、音声の側面を考えましょう。そして、まずはということで、基礎日本語教育の場合を考えてみましょう。
 まず、音声の側面については、入門期に「解決」しておくのがいいと思います。しかし、入門期にすべて解決はなかなかできませんので、それ以降も、一応比重5%と見積もっておきましょう。残る95%は、文法の側面と語彙の側面です。文型・文法を柱とした従来的な基礎(初級)日本語教育では、文法の側面への比重は80%とか90%もあるのではないかと思います。語彙の側面への比重はせいぜい10%程度でしょう。ここが問題です! 日本語の文型・文法はそんなにむずかしい? たったの10%の比重で期待される言語活動に従事するのに関係する語彙が十分に習得できる? 日本語の先生たちは、「語彙は、単語を覚えることなので、学習者ががんばれば自分でできる。しかし、文型・文法は教師主導で教えないと学習者は習得することはできない」と考えているようです。これ、第1文も、第2文も、ほんと?
 根本の問題は、日本語において文法(文型を含む)とは何か、です。 ヨーロッパの諸言語では、名詞に、冠詞や代名詞(単に「友だちと」とは言えず、「with my firiend」と言わなければならない)がついたり、人称によって動詞が変化したり、名詞や形容詞に男性形や女性形があったり、また名詞と形容詞の間で性や数の一致が要求されたりと、いろいろと文法があります。日本語にはそのような文法はありません。日本語は膠着語の一つで、日本語の構造は、端的に「〔名詞+助詞〕+〔名詞+助詞〕+述部」です。そして、述部にいろいろな助動詞などがついていろいろな表現が作られます。受動態の文や使役の文や使役受け身の文では、それぞれ独自の〔名詞+助詞〕が要求されますが、それぞれのタイプの文はそれぞれのタイプの文として指導すれば「文法的に」むずかしいことはほとんどありません。(それを、能動態から受動態へというふうに文の変換というふうに教えるからむずかしくなるのです!!) 日本語で文法らしい文法は、せいぜい五段動詞の活用くらいのもので、助詞の用法も単独の意味・用法にすぎず、文法と呼べるほどのものではありません。となると、日本語の文法は、五段動詞の活用だけであとは文型となります。文型は、名前の通り文の型(パターン)ですから、むずかしい面はほとんどありません。こんなふうに考えると、文法(文型を含む)の側面に80%や90%の教育的な労力を傾けるのは無駄だとなります。
 次に、語彙です。語彙の学習は、単に単語を覚えることではありません。「服を着ました」「パジャマを着ました」などを学習しても、“wear a cap”、“wear jeans”、“wear glasses”を言うことはできません。それぞれ、帽子を「かぶる」、ジーンズを「はく」、メガネを「かける」となります。また、「ジュースを飲む」や「ビールを飲む」などを習得したとしても、学習者は決して薬をのむ」は言えません。さらには、教科書に「音楽を聞きました」と書いてあるしそのように練習しているのに、学生はわざわざ「音楽“に”聞きました」と言ってくれます。このように、語彙の学習は、個々の単語を覚えることに限定していては、必ずしも成果はでません。ここに紹介したような、広い意味でのコロケーション(言い回し)といっしょに学習し習得してこそ、真の語彙力となります。先に、日本語には文法はないと主張しましたが、このような語彙に関わるコロケーションこそ日本語の文法と呼ぶにふさわしいのではないかとも思えます。そして、そうであるなら、コロケーションを含めた語彙を指導し習得させるという教授活動は、十分に語彙と文法の両方を教えていることとなります。そして、教師の積極的な教育と指導があってこそそうした側面を学習者は習得できるわけです。学習者にまかせてよいものではありません。
 結論。日本語技量育成のための教授活動の比重は、音声5%、コロケーションを含めた語彙80%、文法(文型を含む)15%です。文法と語彙の立場の逆転ですね!!

2018年8月4日土曜日

研究者であることと実践者であることは相容れない!?

NJ研究会フォーラム・マンスリー(https://www.mag2.com/m/0001672602.html)の「羅針盤」として以下のような記事を投稿しました。

 標記のようなテーマで話します。このメルマガは、日本語教育学や第二言語教育学の人たちの間で共有されているメルマガですので、「研究者であることと実践者であることは相容れない」と言うと、ガッカリする人もいるだろうし、反発する人もいるだろうと思います。また、このように言うと、「研究」を要求されている大学の先生であることと、日本語教育者であることは、相容れないように聞こえてしまいます。また、そもそも日本語教育学や第二言語教育学なんてあるのか、という疑問にまで行ってしまいます。

 教育実践者は、教育の企画においても、教材の制作や作成においても、そしてもちろん授業の計画や具体的な教育実践においても、常にその時々に自身の信念が問われるわけで、意識的であるか無意識的であるかいずれにせよ、その問いへの自分なりの答え・信念を根拠に判断を下して、実践者としての行為をしています。教育実践者は、「信念の塊」であらざるを得ません。言うまでもありませんが、教育実践者の信念は、自身の教育者としての経験だけでなく、教師教育期間中に学んだことや、その後に学んだことや他の先生から教示を受けたことなどをもとに、あるものは受け入れ、あるものは拒む形で、形成されています。実践者と実践者の間では、教育についての議論をすることができます。その場合に提示される個々の意見や見解は、当該の実践者のそのテーマについての信念であるわけです。その場合に、どれほどにさまざまな学問研究を吸収してその信念が形成されているかが問題となります。そして、さらに言うと、日本語教育学というところで、どれほどのさまざまな学問研究が普及しているかが根本の問題となります。

 一方、研究者は、理論志向の研究者であれ、実証志向の研究者であれ、本来的に言うと教育実践に関心がありません。ただし、教育実践をきっかけに特定の研究テーマに関心を持つことはあります。研究者が研究をするのは、当該の研究領域の当該の研究課題について考究・探究・検証するためであって、研究の目的は、当該の研究分野の進展、研究課題の解明に貢献するためです。研究というのは、研究領域特定的(ディシプリナリー、disciplinary)にならざるを得ません。学際的な研究(interdisciplinary study)というのがありますが、それは特定の研究課題についてさまざまな研究領域(ディシプリン)からのアプローチをするということであって、一つの論文の中で学際的になっているわけではありません。ですので、ある研究を行った結果として、その研究結果に基づいて教育実践について何かを語るということは本来はできないはずです。できることはせいぜい、教育実践との関係でその研究の研究領域は他の研究領域との対比でどのような位置にあって、それ故に、その研究領域が教育実践に対してどのような貢献ができそうかを論じる程度で、その研究そのものの教育的示唆を論じるのは乱暴だと言うほかありません。とはいえ、いずれにせよ、研究者はそもそも教育実践に関心があるわけではないので、積極的に教育について何かを言おうとする研究者はいないと思います。研究者が教育について何か言うとするならば、「この理論的議論から敷衍すると…」とか「今回の実証的研究で得られた結果から敷衍すると…」という言い方をするはずで、それはその人の信念ではなく、あくまで「研究からの敷衍」です。個人としての見解は言わないというのが、そもそも研究者の鉄則です。ですので、「わたしの研究的な背景とわたしの教育実践者としての経験から推論すると…」というふうに話し始めたら、その瞬間にその人の立ち位置は研究者ではなく実践者の立ち位置となります。「研究者であることと実践者であることは相容れない」と言ったのは、このことです。

 実践領域と関連した研究領域として、未来共生学を紹介したいと思います。ここで紹介するのは大学院5年間の副専攻プログラムのような形で実施されている、大阪大学の未来共生イノベータープログラムです。同プログラムは、充実した研究的背景を有しつつ、実際に多文化共生関係の仕事に関わり、その仕事に革新(イノベーション)的に取り組むことができる人材へと教育することが目的です。毎年、大阪大学の大学院新入生の応募者の中から20名が選ばれて、先生たちと共に「共学」しています。その研究成果が、『未来共生学』に掲載されています。http://www.respect.osaka-u.ac.jp/publications/をご参照ください。掲載されている論文は、未来共生というテーマに、哲学、倫理学、社会学、人類学、心理学などさまざまなアプローチで斬り込んでいます。ぼく自身、この『未来共生学』の編集委員として関わっていましたが、同プログラム開始時や、同ジャーナル創刊号当初は「未来共生学って、なんだろう?」というような具合でした。しかしながら、関係の教員や積極的な学生たちの努力のおかげで、なんとか「○○学」らしくなったと思います。そんなこともあって、ぼく自身は、日本語教育学と未来共生学をしばしば横に並べて比べてしまいます。未来共生学は、立派な一つの学際的な研究分野としての地歩を築いたと思います。それに比して、わたしたちの日本語教育学はどうかなあ…。ただ、少し「内幕」をばらすと、未来共生イノベーターの修了生の半分は(いずれ)「立派な研究者」になるだろうなあ、という感じです。未来共生イノベーターという「泥臭い現場的な仕事」をする人はひじょうに少ないように思います。それに対して、日本語教育者の仕事は、(少なくとも今は!)なかなか「泥臭い」です。
 『未来共生学』は、日本語教育学の将来を考える際のひじょうに重要な参考になると思います。未来共生イノベーターの院生たちは、先生たちからとても豊かな学問的な薫陶を受けつつ、東北の被災地のボランティア活動なども経験して「社会派」的な意識と態度も育みながら、「すくすく」育っています。(に)

2018年7月3日火曜日

日本語教育というお仕事

 ぼくは、今の大学の国際教育交流センターという組織の日本語教育研究チームに属しています。そこでの仕事の中心は間違いなく日本語教育です。(一方で、大学院でも兼任という形でお仕事をしていて、それはまあ学問?の指導をしていて、日本語教育という仕事ではありません。)
 センターでの仕事は、授業関係のロジスティクスやさまざまな周辺にある用務や一般的な管理運営の業務なども十分にありますが、「中心」は日本語教育、つまり誰かの日本語の習得を(直接、間接に)支援する仕事です。その中にはざっと、(1)(非常勤講師の先生などといっしょに)自身が実際に授業担当をすること、(2)非常勤講師の先生たちといっしょに教育を実施する際のコーディネーションをすること、(3)限られたリソースの中で適切と思われる各種のコースを企画すること、(4)ウェブをも活用した自学自習や予習・補習などができる学習リソースセンターや学習のコンサルテーションなどをする日本語ラーニングサポートセンターを構想・企画・構築・実現すること、などです。(4)の仕事は将来に向けての広い意味での日本語の習得と学習の環境整備となります。この仕事は以前からセンター内でアイデアがあり、現在改めて浮上して実際に検討・研究中ですが、具体的なリソースセンター等の実現はまだだいぶ先になるかと思います。(3)の仕事は、端的に学生の動向を見て来年度はどのような内容のコースをどのような時間に開講しようかという提供するコースの企画です。これは毎年、次年度のものについて秋に検討しコース企画をして、非常勤を含む教員を配置する仕事をしています。いわゆる教務という仕事の「毎年の一大イベント」で、この時期はチームで検討しながらも教務担当の先生は「大わらわ」です。そうして、学期が始まるころから、そして授業がスタートすると、(2)と(1)という「通常の」具体的な教育実践の仕事が始まります。で、当面は(4)の話は除くとして、(1)から(3)までのことを考えてみましょう。
 (1)から(3)については、「地味」スタンスと「派手」スタンスという2種類のスタンスでそれに当たることができます。「地味」スタンスは、典型として言うと、(2)については、既存の市販の教材を適当に選んでコースの教科書として、適当なスケジュールを作成して、コーディネーションをする。そして、(1)については、その本人(コーディネータの専任教員)と非常勤講師であれこれ適当な工夫をしながら具体的に教育を実践する、というものです。そこには、派手な「革新」はありません。一方、「派手」スタンスは、端的に言うと、(2)と(1)を革新的にやり、やがては(3)も革新するというスタンスです。このスタンスで仕事をする場合は、(2.5)として新たなコースの企画・教材システムの開発・具体的な教育の実践の促進という3種類の仕事が加わります。(2.5)の仕事はなかなか一気にはいきません。ざっと言って、バックステージでの教育の企画と最低限の教材の開発で1-3年(準備期)、最低限の教材を使いながらの試行と教授者による「試運転」(試行的な教育実践)と並行する教材システムの充実で(1年に2学期つまり2ラウンドあるとして)1-3年(試行期)、教材システムの洗練と教育実践の洗練で1-3年(洗練期)、くらいはゆうにかかると思います。準備期の仕事はバックステージでの仕事で、この時期は一方でそれまでのままのコースで(2)と(1)の仕事をしながら、その一方で、教育企画と基本教材開発の仕事をすることになります。試行期になって、ようやく新たなコースのスタートとなります。詳細は省略しますが、教育企画と基本教材が「OK」であれば、この試行期を何とか一定の成果をあげながら仕事ができて、次の洗練期に入ることができます。教育企画と基本教材が「NG」であれば、また(新たな)準備期に戻る(出直し)、あるいは大幅修正期?に入ることになります。順調な試行期を経たあとは、さらに洗練期に入ります。試行期と洗練期を通して、授業担当する教授者が、当該の教育企画や教材をよく理解し咀嚼し、具体的な教育実践へと展開する高度な専門家としての資質・能力・技量が高度化する時期となります。洗練期の教授者の資質等の高度化は、時に「新しい地平が見える」というような「生まれ変わる」ような経験になるでしょう。この言い方に基づくならば、新たな教育の企画には教授者の役割の変化や専門職としての教授者開発(teacher development)の要素があらかじめ組み込まれている、ということになります。当初の教育企画がひじょうに革新的な場合は、当然そうした要素が組み込まれているでしょう。そうでないと、決して革新的な教育実践の創造はできません。教育を具体的に実施するのは個々の教授者であり、その教授者が「旧態依然」の教授者であれば、革新的な教育が実現できるはずがありません。一つの新たなコースの開発というのは、このように時間と「馬力」のかかる、そして「巧妙な構想」を要するプロジェクトです。そして、そのようなコースの革新は、やがては(3)の提供するコースの革新につながるのだと思います。
 ああ、それで、結論。端的に言うと、ぼくは明らかに「派手」スタンスで仕事をしています。でも、「派手」スタンスながら、割合「地道」なのかなあ。根が「派手」ではないので。(これは、NJ研究会フォーラム マンスリー 2018年7月号に掲載された「羅針盤」です。)

2018年7月1日日曜日

ナラティブと自己と日本語教育の企画

標記のタイトルで本日、「批判的言語教育国際シンポジウム 未来を創ることばの教育をめざして」(2018年7月1日(日)、@武蔵野大学有明キャンパス)で投稿発表をします。資料は、以下。https://drive.google.com/open?id=1WQt_mWxbuI8_NHs4PNZ45OWe9ZrVRZzR
資料1https://drive.google.com/open?id=1uClE9nWktrBOLa6TjPHOfYWOM6f-ODdq
資料2https://drive.google.com/open?id=1owqdrfeqiNfTHCtjDWGcIEUV0DfLkF3X

2018年6月23日土曜日

哲学のタネ明かしと対話原理 番外編:人間の思考とディスコース活動の超俯瞰①

 人間の思考とディスコース活動を超俯瞰してみたいと思います。東洋の伝統は「不勉強」で、とりあえず、哲学というものを発明し発展させた西洋の伝統で書きます。

1.活動に付随しないディスコース活動の始まり
 もともとの言語活動は活動に付随していた。やがて、見聞きしたことを語り伝えるということが行われるようになった。言語の「脱活動化」の第一歩である。やがて、歴史の語り(ホメロスなど)や創世神話(ギリシア神話、各部族の神話)などが語り継がれるようになる。だいたい紀元前8世紀頃です。
2.哲学の誕生
 1までは、人間は「そもそもこの世界とは」「存在とは」「人間とは」などは考えませんでした。そういう「そもそも」が考えられるようになるのは、紀元前6世紀ごろのタレス、アナクシマンドロス、ピタゴラスなどの「最初の哲学者」たちからです。
 ギリシアのポリスで暮らす市民たちは「不労階層」つまり働かないで日々を暮らしているヒマな人たちです。かれらがすることは、アゴラに行って、都市国家の運営(植民都市の建設や戦争のこと)について喧々ガクガクの議論をすることと、そうした議論の前や後にアゴラのあちこちで理屈っぽい議論を戦わせる/楽しむことです。なんせ「不労階層」ですから、時間はたっぷりあります。そんなコンテクストでソフィストが登場し、やがてソクラテス「革命」に至るわけです。
 ここで注意。ソクラテスあたりまでは、哲学といっても、書記言語活動はまだ普及していませんでした。実際、ソクラテスは書いた物を残していません。わたしたちがソクラテスを知るのは、プラトンのソクラテス言行録を通してです。
 ソクラテスは簡単にいうと「そもそも〜とはだんだろう」と探究することを一つの重要な言語活動として確立しました。それが、ソクラテス、プラトン、アリストテレスというギリシア哲学の黄金期を作り、西洋哲学の基盤を築いたのです。
3.ギリシア哲学とキリスト教
 一気にローマ帝国の時代に飛びます。380年にキリスト教はローマ帝国の国教となります。当初確固としたキリスト教の教義体系はありませんでした。それを確立したのは、アウグスティヌス(『神の国』22巻、413-426年)です。アウグスティヌスの教義は、超わかりやすく言ってしまうと、プラトンのイデアの部分に神を入れ替えた、プラトン主義の翻案番です。ですので、アウグスティヌスが確立したキリスト教は「民衆のためのプラトン主義」と揶揄されます。これがキリスト教での、神が、世界も、動物も、人もお作りになったという考え方になります。人間も含めて万物は神の創造だということです。
4.人間理性への注目の大きな第一歩 ─ デカルト(17世紀半ば)
 デカルトはいわば人間を神の意思あるいは理性の「出張所」と考えました。「神は、世界創造の仕上げとしてみずからに似せて人間を創造し、それに理性(ratio)を与えた」となります。一方に、神の理性(Ratio)を反映した世界を貫く理性法則としてのratioがあって、もう一方に、神によって神の似姿として植え付けられた人間のratioがあるという構造です。デカルトは、徹底的な懐疑によって行きついた「私は考える。ゆえに、私は存在する」という命題で、人間理性の実在性を論証によって基礎づけたことで理性主義の扉をあけました。デカルトについては、身体と精神は区別されうるという身-心二元論も注目しておかなければなりません。
5.人間理性を考えるにあたって、神と「縁を切った」カント(18世紀終わり)
 カントは、ある範囲内でのわたしたちの理性的認識の効力を認めること、つまり神の理性の媒介なしにもある範囲内でわたしたちの理性的認識と世界の理性的構造とは一致しうることを主張しようとしました。カントは、わたしたちの純粋な理性的認識の有効範囲を理性そのものの自己批判によって明らかにしようとし、その課題に答えることができたとされています。それが、『純粋理性批判』です。カントは「理論的認識の問題を考えるに場面に神や神の理性を持ち出すのはおかしい」と主張したので、「カントは神様の首を切り落とした(ハイネ)と言われています。
6.デカルトからカントまでのまとめ
 デカルトの『省察』が1641年刊、そしてカントの『純粋理性批判』が1781年刊です。つまり、デカルトからカントに至るのに150年もかかっています。デカルト以前は、人間は神の僕(しもべ)、農夫などは「迷える子羊」だったのだと思います。 つまり、神なしには人間という神秘的な存在が考えられなかったのだと思います。デカルトは、人間の理性を徹底的に「疑って」、「オレら、現に、こうして考えてるやん」というところに強烈なスポットライトを当てた。そして、この「現に考えていること」と世界の構造がどのように関わっているかを徹底的に反省(批判)して、わたしたちが考えること、つまりここでは理性的に認識の有効範囲を画定したのがカントだ、ということになるかと思います。理性の、神から人間への「引っ越し」と譬えてもいいかもしれません。このまとめは、かなりぼくの「推測」が入っています。
7.ドイツ観念論とヘーゲル
 カントの3つの『批判』本から1831年のヘーゲルが没するまでの約半世紀は、ドイツ観念論の時代です。カントの哲学を継承し展開したフィヒテ、シェリング、そしてヘーゲルが登場します。この時期は、ギリシア哲学に匹敵する哲学のもう一つの黄金時代です。
 カントからヘーゲルに至る重要な経緯は、ぼくのこのエッセイの「タネ本」である『反哲学入門』(木田元)でとてもわかりやすくまとめられていますので、それをそのまま引用して、ヘーゲルまでの番外編①を終えようと思います。

「ドイツ観念論の展開のなかで、カント哲学にあった認識と実践、理論理性と実践理性の二元性が克服されてゆき、それも自由な実践理性寄りのかたちで一元化されてゆきましたので、(カントが論じた─筆者注)カテゴリーも単なる認識のための思考形式にとどまらず、認識をもふくめた主幹の活動一般、つまり宗教的・倫理的・政治的・社会的・芸術的活動などの形式としてかんがえられるようになってゆきました。
 一方、世界の方ももはや単なる自然界としてではなく、歴史的な世界として捉えられるようになります。というのも、フランス革命の基盤となったフランス啓蒙思想や、その強い影響を受けたドイツ啓蒙思想 ─ カント哲学はその所産 ─ が「光」として掲げた理性は、いわば無時間的、無歴史的なもの ─ つまり、古代のギリシア人にあっても、18世紀のフランス人やドイツ人にあっても、まったく同じ理性 ─ と考えられており、フランス革命軍はこれを旗印に、ドイツ人をも封建的圧政から解放してやるんだとドイツに侵入してきた(のですが、ドイツ人の方では、ドイツ民族には中世以来固有の歴史のなかで培われてきた民族的個性があるのだと言ってこれに抵抗しました。いわば世界を歴史的に見はじめていたからです。こうした世界の見方がドイツ・ロマン派の芸術運動の一つの動機にもなりました。シェリングやヘーゲルは、まさしくそうした運動のさなかで自分たちの思想を形成していったのです。
 「理性(Vernunft)」というラテン語のratioの訳語に使われてきた言葉に代えて、生粋のドイツ語である「精神(Geist)」という言葉が愛用されるようになった背後にも、そうした動きがありました。
 こうして、世界は歴史的世界として受けとられ、それに応じて主観の方ももはや個体的な認識主観としてではなく、歴史的世界を形成してゆく民族精神として、いや、さらには世界史を形成する人類の精神として捉えられることになります。(木田『反哲学入門』pp.156-157)

 
  

2018年6月22日金曜日

グローバル時代の庶民の教養②:大学のセンセのあり方

 大学のセンセのあり方について、今のぼくの考えを少し書きたいと思います。まずは、大学のセンセに関する2つのエピソードから。

 江戸川柳に「先生と言われるほどのバカでなし」というのがあります。大辞林の説明は以下の通り。「先生と言われて気分をよくするほど、馬鹿ではない。また、そう呼ばれていい気になっている者をあざけって言う言葉。」 あれっ? 実は、今日の今日までぼくは、「学校の先生という人たちは、社会経験がなくて世間知らず。わたしはそんな世間知らずの人間ではない」というような意味で理解していたし、使っていました。こんなふうに使っている人、多いですよね。
 もう一つのエピソード。これは、昔読んだ金田一春彦の本にあった話。著名な万葉集学者犬養孝は、大学の講義で朗々と万葉集の中の歌を詠むそうです。そして、最後に「ええですなあー」と感慨を込めて叫ぶそうです。その後で、何が、どう、いいのかの説明がふつーはあるのだろうと思いますが、金田一さんの話では、「ええですなー」で「はい、次の歌」という風情でした。とにかく、金田一さんは、この「ええですなー」と叫ぶという部分を「微笑ましく」強調されていました。この本を読んだのはもう40年くらい前のことですが、本の内容はすっかり忘れましたが、このエピソードだけは今も感慨深く覚えています。感慨としては、「そんな先生がいたら楽しいなあ! 素敵だなあ!」です。今のぼくの目線でそのときのぼくの感慨を解説すると、「大学のセンセというのは、研究対象の作品や、思想や、テーマに心底惚れているんだ。好きで好きで、もっと追究したくてたまらない、他の人にもそのおもしろさや楽しさを話さないではいられない、そいういう人種なんだ」ということです。現在のぼくの身近にもそんな先生方がけっこういらしゃいます。(でも、残念ながら「おもしろさや楽しさを話す」の部分は、「ええですなあー」ではいけませんので、抑制されているように思われます) その一方で、シンドそうに?義務的に?研究活動をしている先生もいらっしゃいます。端的に、前者の先生が「本来の大学のセンセ」なのだと思います。つまり、本来、大学のセンセというのは「世間知らず」でよくて、「好きが昂じて、好きなことがそのまま仕事になった」という人がいいと思います。後者のセンセは、「本来」でない感じがします。ああ、このあたり、社会科学系のセンセはあまりに世間知らずなのは困りますね。社会科学系を除く人文系のセンセの話です。
 
 で、次は、前回ご紹介した與那覇さんの2つの本から。かれは、従来大学のセンセたちがやってきた、上の「ええですなー」のスタイルや、自分の弟子を育てることだけに関心をおいた教育では、これからの大学が期待されている役割は果たせない。これから、大学でやらないといけないのは、教養教育と知性教育であると主張しています。
 一つ目の「なぜ日本人は存在するのか」では、前回のblogで紹介したように、教養について論じられています。彼の「大学で教養を身につける」という場合の教養は、「人間とはどのような存在か、社会はどのように形成され成り立っているのか、人類はこれまでどのような文化形成・自己形成の歩みをしてきたのか、現在科学技術の進歩も含めてどういう段階に至っているのかなどについて、哲学、人文科学、社会科学、自然科学横断的に俯瞰する視線を養うこと」という感じです。同感です。
 二つ目の「知性は死なない」では、知性が論じられています。彼が言う知性のキモは、(1)自身の考えを持ちそれを(書物や他者との対話を通して)更新し続けること、(2)自身の考えをしっかりと言語化(理路整然とした言葉の形で他者に伝えること)できること、です。これも納得。

 はい、結論に行きます。
1.大学のセンセは、「ええですなー」系の先生と、教養教育・知性教育をやる先生のミックスがいい。前者は、本来の大学としてやはり重要。後者は、まさに21世紀を生きる若者たちのための教育として重要。
2.教養教育と知性教育に関して重要なことは、内容が歴史であれ、経済学であれ、心理学であれ、文学であれ、どんな分野の先生でも、それぞれの分野を「舞台」としながら教養教育や知性教育ができること。

 はい、こんな感じです。
 で、次の課題は、外国語教育(学)を担当する大学のセンセのことです。外国語教育(学)担当のセンセは、(a)1と2のどっちをするのか、両方するのか、(b)外国語の技量というのは「現金」なものです。その「現金」な技量の養成をどうするのか、これまでと同じくらい重視するのか、教養教育や知性教育の要素が入るから少し重みを減じるのか、あるいは言語的な技量の養成と教養・知性教育はうまくやると「両立」するので重みを減じる必要はないのか、などを知性的かつ教養的にクリティカルに検討する必要があります。もちろん、一元的に「みんなこうするべきだ!」と主張する必要はないのですが、21世紀の現代において、何が期待されているかを検討することが大事だと思います。

2018年6月13日水曜日

グローバル時代の庶民の教養:『日本人はなぜ存在するのか』(與那覇潤)を読んで

 與那覇潤の『日本人はなぜ存在するのか』を読みました。帯にはなぜか「“グローバル人材”よ、さようなら」と書かれています。さらにその下には、小さく「『教養学』入門の決定版」とあります。
 與那覇潤との「出会い」は毎日新聞(2018年4月24日(日))の書評「鬱を抱える当事者だからこそ見える社会、大学、そして知性のあり方」(https://mainichi.jp/articles/20180424/org/00m/040/012000c)です。ただし、そこで紹介されている本は著者のもう一つの著書『知性は死なない』です。同書評を以下に再掲します。

『知性は死なない--平成の鬱をこえて』與那覇潤・著(文藝春秋/税別1500円)
 自分が、学者として、あるいはここで書評を書かせて頂いている言論人として、一番何に興味があるかといえば、世の中に転がる「誰も得しないことをあたかも最適解のようにみんなで信じながら進めて、潰し合ったり、うずくまったりしている」現象を解決することだ。そのためには丁寧に現実を見聞きして、じっくり考えて、これが当面の答えなんじゃないでしょうか、ということを言っていく、行動に移していくしかなく、それが自分の仕事だと思っている。その道具として、専門的な知識とか大学・研究機関・メディアという場は極めて有用だ。そんな自分の立ち位置を改めて見つめ直させてくれる本を『中国化する日本』で一世を風靡(ふうび)した著者が書いてくれた。
 本書は現代社会論であり身体論であり大学論である。著者が鬱に苦しみ、2年以上の療養を経て書かれた重み…
(ここまでは無料記事で、それ以降は有料!)『知性は死なない』は2018年の本で、『日本人はなぜ存在するか』は、2013年の本で、文庫本が2018年に出ています。
さて、ぼくが引かれたのは、評者の姿勢と評者を聞きつけた與那覇潤という人です。大学のせんせいというのはある意味で「知りすぎた」人であり、「立場が弱い人や社会の中でしんどい状況にある人にシンパシーを向け(たディスコースを発信し)ながら、自身はのうのうと安泰なご身分に居座っている」自己矛盾した存在です。そして、「正義漢ぶって」大学で講義をしたり本を出したりすればするほど、その自己矛盾を増幅させるほかない存在です。そんな仕事、常人には羞恥心なくしてやれるものではありません。平気でやれる人は、そうとう傲慢な人です。評者や與那嶺さんもそんなふうに考え、羞恥心を感じつつ大学のせんせいというお仕事をされているのだろうと勝手に想像しています。

 で、『日本人はなぜ存在するのか』です。とてもおもしろくて、知的に充実した本でした。そして、著者の議論はちゃんと最終の10章の結論に収斂しています。結論は、21世紀の人類は、自身の運命を自分で決めなくてはならないほどの領域(例えば、臓器移植や、原子力エネルギーの活用など)にまで来てしまった。そして、個人のレベルでは、人間という「小さな存在」の手には余るような決定をしなければならないところ(例えば、臓器移植の決断など)まできてしまった、ということです。
 本当に、21世紀の現在の人間の到達点、あるいはたどりついて「しまった」ところをよくわからせてくれます。また、人間というものの「正体」、現実というものの「正体」もよくわからせてくれます。

 なるほど、「これが21世紀に生きる人間が持つべき教養なのか」と一瞬!?思わせます。しかし、それは「ちょっと待てよ!」…。與那覇さんは、1979年生まれで、今まだ40歳前! この本、60歳くらいの老教授が書いたような本です。「見通し」すぎています!! 「早熟」過ぎ!!(東大出の與那覇さんは、上の書評にもある2014年刊の『中国化する日本』で「一世を風靡した」そうです。ぼくは、『中国化する…』はまだ読んでいませんが。)

 なんかやっぱり與那覇さんは「庶民」じゃないよねえ。ぜんぜん庶民じゃない。そして、世の中の90%くらいの人は庶民、つまり東大や京大などを出た秀才ではなくフツーの人です。ぼくも間違いなくこの90%の中にいます。で、與那覇さんは秀才のいやらしさのないピュアな目線をもっているなあと本を読んで思いました。というか、書評にあるように、與那覇さんが鬱になっていたと言う話を聞いて、この人はきっとピュアな人なんだろうなあと思っていたのが、やはりそうだった、という感じです。で、この與那覇さんが、グローバル人材についてこの本の冒頭ですごくおもしろいことを書いています。ごく結論だけ言うと、グローバルに仕事をするということは、これまでの(国内で「よく似た人たち」といっしょに阿吽の呼吸で「言わなくても」「縷々説明しなくても」わかる)ハイコンテクストな状況での仕事から、背景も考え方も意見も違う、縷々説明しないと決していっしょにやっていけないローコンテクストな状況での仕事になるよ、と言っています。
 で、次にぼくが考えたこと。「秀才の連中がこういうローコンテクストでもリーダーシップを取れるようになると、ますます秀才たちとフツーの人の「格差」が拡がるなあ…」「しかし、ちょっと待って。秀才たちは実は『頭が固い』のではないだろうか。」「そうなると、秀才でない人こそ、ハイコンテクストにカモフラージュされた多様性を暴いてけんかいや対話をさせる「ピエロ的」対話コーディネータになれるのではないか」、そして、「それこそが、庶民が『特殊能力』を発揮して能動的に活躍できる道ではないか」と考えました。それで思い立ったのが、「グローバル時代の庶民の教養」です。これから、ぼちぼち、このテーマを考えたいと思っています。

 最後の2パラグラフの論理がとてもファジーですね。お汲み取りをいただければ。