2019年10月8日火曜日

入門初期のオーラル日本語と書記日本語の有効な共形成について

 以下、2019年秋学期(10月スタート)の日本語集中コースの開始にあたり、コーディネータの立場から先生方に発信したメッセージです。集中コースとは、大学院進学予備教育で、週に毎日で、15コマ(各90分)×15週間というほんとうに「集中」コース(計337.5時間)です。このコースでは、学習と習得支援(教授)を支援するリソースとしてNEJを使用しています。
 以下、貼り付け。


○ ぼくの「気がかり」
 以前から、
(1)日本語の文字は「超厄介者!」。こんなヤツがなかったら、日本語の習得と習得支援はもっと楽々に行くのに!
(2)しかし、現にこの超厄介者があるのだから、コイツも含めて、何とかオーラル日本語と書記日本語の両方が順調に上達するようにプログラムを工夫するしかない。
(3)これまでの(IJでの)やり方はまだ十分に工夫されていない。
というのが「気がかり」でした。で、今学期。

○今学期の「指針」
1.ユニット4までは、オーラル日本語の習得を優先する。つまり、正書的に書かれた日本語を読ませるということはしない。ローマ字表記のテクストは「それ」を思い出すための「手がかり」として活用する。ローマ字表記のテクストも決して「読む」のではない。
⇒「Deciphering and mimicking Nihonngo」で、decipherging(解読)というのはローマ字テクストでの日本語の解読です。音声形態で優先して日本語を習得するための工夫です。決して、正書法の日本語テクストをdecipherさせないでください。
2.一方で、(1)(音声形態でおおむね習得した)語や句とその書記体との照合を通して音声形態の語や句の書記形態での姿を「見知る」こと、(2)「見知って」それをなぞること、などにより、(音声形態で知っている)語や句の書記形態での姿に馴染む練習は、適切なタイミングで「無理なく」豊富に行う。
3.さらに一方で、文字の書き方の指導は、基本としては語や句をベースにしながら、有効&巧妙に行う。
4.ユニット5以降も、「オーラル日本語習得の優先」を基本としてください。オーラルがまだ身についていないのに(正書法の)日本語を読ませるというのはしないでください。
5.書記形態での日本語を「後追い」の形で強化するために、ウィーク4以降に「Oral review and Reading and writing enhancement」というのを入れています。ここで、読み&書きの強化をします。
6.その他にも、(a)オーラル日本語優先、(b)オーラル日本語と書記日本語がうまく連係した日本語上達の工夫、がスケジュールに反映されています。

というようなことで、これまでの学期にも増してamazingな結果が出せるように、有効&滋養たっぷりの指導を、よろしくお願いします。

ご意見などありましたら、先生間で、また、わたしのほうにも!

西口

2 件のコメント:

  1. 西洋の、言語は音であるという考えは必ずしも正しくなく、東洋においては言語は文字であるという考えを主張したのは石川九楊氏である。tame 飼いならして domestication 家畜化する 語学初歩教育至上主義に未来はあるのだろうか。やたらカタカナ 専門語をちらつかせ、「黄色いバナナ」になった日本語教育者は、日本文化について何も知らない。鴎外も漱石も知らず、古今和歌集、新古今和歌集も知らない。「令和」の出典が万葉集だなどという阿呆が首相をしている国で、王羲之や張衡が出典であることを知るものが日本語教師にいるのか。学習者の母語も知らない教師は「巷の英語学校」と同じでちゅヴっ校程度の英語を永遠に教え続ける。それで恥ずかしくないのか。むなしくないのか。明治の人間なら「恥を知れ」と言うだろう。言語の対照研究から始めることだ。どうして英語と母語の日本語の対照研究をしないのか。英語が一番、日本語二番、その他の言語は三番目。そうしたヒエラルキーの認識から始めるべきだ。

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  2. コメント、ありがとうございます。他のblog記事を見ていただくと、わたしの教育と研究のスタンスがわかっていただけると思います。また、わたしは、「日本語と日本文化を知って、日本語教育に取り組む」というスタンスでは仕事をしていません。むしろ、「言語と(人間)文化を知って、言語教育に取り組む」というスタンスで仕事をしています。その上で、そこで取り扱う言語が日本語なのであれば、多少は日本文化?にも関心を寄せます。「言語と(人間)文化を知って…」という日本語教育者がいても(いたほうが?)よいかと思っています。今は、いませんから。

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