2020年4月10日金曜日

今こそ必要なデザイン思考

 今、大学の先生たちは、オンライン授業やメディア授業(大阪大学)などの準備で、大わらわ、灰神楽(←司馬遼太郎が好んで使っていた!)になっています。大学等で日本語(だけでなく語学一般)の授業を担当する先生は、途方に暮れています。
 神吉宇一氏が4月7日のfacebookで発信していたように、「対面型授業を再現する」というような姿勢でこの状況に対応しようとすると、当然「途方に暮れ」ます。日本語教育者がこの状況を「好機」と捉えて、自己改革、自己変革、大躍進をするためのヒント?少し書きたいと思います。タイトルにありますように、キーはデザイン思考です。
 デザイン思考。ぼく自身はもともと専門の一つがカリキュラム開発やインストラクショナル・デザイン(というか、仕事をする際の元々の性?)ということもあって、デザイン思考に10年以上前からちらちら関心を寄せていたのですが、調べてもどうもキモがわからない感じでした。しかし、今朝、久しぶりにウェブで「デザイン思考とは何か」と検索してみて、以下のサイトに出会いました。
https://blog.btrax.com/jp/design-thinking-difference/
 “Last update: Nov.13, 2019”となっているので、それ以前にはなかったのではないかと思います。
 まずは、本記事に沿ってデザイン思考のキモを説明します。その上で、今、対面授業が大前提なのに「対面授業はまかり成らん!」と言われている日本語教育(語学教育一般)に、デザイン思考がこの状況への対応に関してどのような発想の転換や洞察を与えてくれるかについて話します。

1.デザイン思考のキモ
 上記サイトで説明されているデザイン思考のキモは以下の5つ((1)から(5))です。このサイト記事を書いたのはサンフランシスコ在住(「詳しくはサンフランシスコに来てください」というようなことが書いてあるので)の女性ですが、以下のように見出しは大阪弁で書いていらっしゃいます。(ぼくではない!) それぞれについてサイトの説明からかいつまんで、そしてぼくの理解も含めて、説明します。
(1) ユーザー中心とお客様第一主義とはちゃうねん
─ ユーザー中心は「お客様第一主義」ではない。
─ ユーザーの言動からかれらの欲しいものをより深く分析して、リフレイミング(reframing、再定義)する。
─ つまり、ユーザー本人を超えてユーザーを理解する。
─ クリエイティブなデザイナー(例えばイスのデザイナー)は、従来のイスに座って「満足している」人の「期待」を超えて(場合によっては特別な「潜在的なニーズ」を洞察して)新たなイスをデザインし、制作する。それがデザインということ。
(2) プロセス重視はプロセス厳守とはちゃうねん
─ 一般に5つのプロセス図が提示されるが、このプロセスをフォローすることが大事なのではなく、プロセスを意識することが大事。
─ 実際には、プロセスを行ったり来たりすることも、ジャンプすることもある。それはかまわない。大事なのは、プロセス全体と、今どのプロセス(ステップ)にいるかを意識・自覚しながら作業を進めること。
(3) デザイン思考はメソッドちゃうねん、マインドセットやねん
─ これはそのままで、デザイン思考はメソッド(やり方、手続き的な手法)ではなく、マインドセット(思考法や、課題に対応する姿勢や心と体の基本「体勢」)です。
─ 現在の状況の変化(「対面授業はまかり成らん!」)を「たいへんなことになった!」というふうにとってしまうと、すでに「硬い体勢」ができてしまいます。
(4) ソリューションやなくて、問題定義の方で差別化するねん
─ ここに言うソリューションというのは、ビジネスでは、新製品や新商品。教育では、開発された新たな実践(方法)でしょうか。「実践(方法)」と方法を括弧付きにしたのは、(3)のマインドセットに関係しています。
─ そして、ここに言う「ソリューションではなくて」というのは、デザイン思考のめざすところは必ずしも「画期的な新製品、新商品、新たな実践(方法)」を開発・提案することではないということです。
─ 後半の「問題定義の方で差別化する」というのは、(1)のリフレイミングに関わることで、課題・問題の再定義にあたっての目の付けどころが「新規」「画期的」「他の人が思いも寄らない」というのが重要、ということ。そのリフレイミングの結果としてソリューションが「地味」でも、実に課題・問題を解決することができるのであれば、それは立派なor高度なイノベーションである、ということ。
(5) ニーズの広さちゃうねん、深さやねん
─ 従来のマーケッティングの考え方では、「いかに広くパイを取れるか」がめざされ、そのために「なるべく多くの人がもつニーズをさがし出す」ことが重視されました。
─ そんな「既存の、自覚の範囲内の」ニーズを調べて「浅く広く」対応しようというのではなく、デザイン思考では、「狭く深く」を重視します。
─ 日本語教育のデザインで言うと、「自身の学生・学習者にとって(学生・学習者自身も自覚していないが)どの部分が中核的に重要で、実はやってみたら学生・学習者も『こんな日本語教育を受けたかった』と思えるような「日本語習得の核心部」を見つけ出し、摑み出す、ということです。
─ そして、そのように見つけ出し摑み出された「狭く深い(潜在的な!)ニーズ」が実は多くの人に共通のニーズなのかもしれない、と結んでいます。

2.現在の状況への対応に向けて
(a) マインドセット
 わたしたち(日本語教育者)はこれまで、ソリューションのモードとして対面授業を大前提にしてきました。そして、わたしたちは今、その大前提で頼みの綱は「ダメ!」と言われています。この現在の状況変化(「対面授業はまかり成らん!」)を「たいへんなことになった!」というふうにとってしまうと、すでに「硬い体勢(マインドセット)」ができてしまいます((3))。現在の状況変化はどうしようもないわけですから、これは「あっそ」とか「その前提でやるしかないよねえ」とあっさり受け入れるしかありません。
(b) リフレイミングと、「深さ」or 核心部
 そのように現在の状況を受け入れた上で、改めてのリフレイミングということで、わたしたちがなさねばならないこと、学生・学習者が「達成」しなければならないことをリフレイミングします。つまり、現在言われている条件の下で、日本語教育(語学教育)として、どのようなゴールを設定するのが、現実的(実現可能)で、かつ語学習得の面でも重要部・核心部の形成ができるか、を再考することです。
(c) インストラクショナル・デザイン
 これは上の(2)や(4)の「拡大解釈」というか、それからの連想!ですが…。上の(2)のようにゴールをリフレイミングした上は、後はそれを達成するために、合理的で最適なプランニングをし、実施の体制を整えて、そして、ゴールを達成するために学習者においては最適な学習の実践を、教師においては最適な教授の実践をするということです。

3.いくつかのヒント
1.  (b)に関して
 例えば、知り合いのある入門・基礎クラス担当の先生は「今学期は文字の習得は要求しない」と決めました。その部分は「放棄」(勉強したい学生は勉強してもよい!が)して、オーラルの日本語の習得のみをゴールとして設定して、その指導に集中するということです。「まずオーラル日本語の習得を!」というのは実は昔はあった発想ですが、現在は忘れられている観点です。それの現下のメディア条件の下での「復興」です。
 また、別の中級前期担当の先生は「『日本語ワープロで(中級相応のディスコースの)文書作成ができるようになる」ということを今学期のコースの重要目標として設定しました。そして、それに伴う形で、語彙や文型・文法事項や、そしてオーラルの日本語を伸ばすというスキームを考えています。オーラルの日本語の部分については、(教師の添削も経て)できあがった自身のエッセイを(読む練習を各自でした上で)ボイスメモなどで録音させてそのファイルを提出させて、そして適切な方法でフィードバックをするというようなことを考えています。
2.  学習指導でも、自律学習でもなく、支援ありの自律学習(Supported Autonomous Learning、略してSAL)
 これまでわたしたちは、対面授業を主要なモード(資料の配付や学生からの宿題の提出・返却なども対面でできる)とした学習指導をしてきました。今回、それは「禁じ手」となりました。一方で、従来から、自律学習の重要性? 有効性? そのリソースの必要性? が叫ばれています。一方で、(語学)教育でのIT活用の有効性も指摘されてきました。
 詳細な「理屈」は省略して言うと、今こそ、自律学習×IT活用=支援ありの自律学習(SAL)、ではないかと思います。つまり、学習・習得の基本経路は自律学習としてプログラム化する。その上でITを適宜に有効に活用して、自律学習を支援し、アチーブメントを確認し、必要なフィードバックと指導をし、助言を与える、というふうにするのが、今こそ検討されるべきときだと思います。このように発想すると、対面授業も学習支援の一つの方法ということになります。
 ピンチはチャンス!

4.現実的なステップ ─ プログラミング化が決定的に必要!
 上で「学習・習得の基本経路は自律学習としてプログラム化」と言いました。実は、対面の教授実践であれ、自律学習であれ、何であれ、この部分こそがネックです。これまで、わたしたちは「『対面授業』というぬるま湯」につかって、そのような努力を怠ってきました。また、それと関連して、「日本語習得の重要部・核心部」を摑み出す努力も怠ってきたと思います。ああ、誤解なく! わたしが言っているのは「重要な文型・文法事項を精選して、それを着実に理解・練習・習得させる経路を明らかにする」ということではありません。それは、すくなくともわたしには、日本語習得の重要部・核心部を形成する内容と道筋とは思えません。わたしの目からは、それだと「(大)後退」です。
 そして、日本語習得の重要部・核心部をうまく摑み出し、その形成に向けてプログラミング化ができれば、それを促進する、対面ではなくITを活用した有効な支援のアイデアも実は豊富に出てきます。

 わたしの「周辺」では、こんな感じでの現下の状況への対応が着々と進んでいる感じです。
 







2 件のコメント:

  1. さすが西口先輩です。思わず、先輩の提示したポイントを大きな紙に書いて壁に貼りました。私もまず学生の顔を思い浮かべ、ニーズを深く観察分析して、ゴールを決め、日本語教育実習をオンラインで面白くやります!ありがとうございました!

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  2. さすが西口先輩です。思わず、先輩の提示したポイントを大きな紙に書いて壁に貼りました。私もまず学生の顔を思い浮かべ、ニーズを深く観察分析して、ゴールを決め、日本語教育実習をオンラインで面白くやります!ありがとうございました!

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