範例としてのナラティブ
わたしたちが何かのテーマについて話すとき、何をどれくらい話すのか、またどれくらい詳しく話すのかなどをあれこれと指示の形で伝えるのはなかなかむずかしいです。むしろ、何をどれくらい話すのかなどは、範例によって示すのが有効です。NEJとNIJでは、まさにそのようにしています。例えば、NEJのユニット8「わたしの家族」では、リさんは以下のように家族の話をしています。
わたしの家族は、7人です。父と母と兄と姉と弟と妹とわたしです。父も母も兄弟も、マレーシアに住んでいます。父は、小さい会社を経営しています。ビジネスのコンサルタントです。日本の会社とよく仕事をしています。時々、仕事で日本に来ます。父は、とてもやさしいです。母も、仕事をしています。母は、大学の先生です。大学で中国語と中国の歴史を教えています。母は、ちょっときびしいです。兄は、銀行に勤めています。頭がよくて、いろいろなスポーツがよくできます。大学生のときは、近所の子どもにサッカーを教えていました。大学では、経済学を勉強しました。兄は、とてもおもしろいです。兄は、結婚しています。そして、子どもが1人います。姉は、今、大学院生です。大学院で薬の研究をしています。姉はピアノが上手です。うちで、ピアノ教室をしています。姉は、とてもきれいです。弟と妹は、高校生です。同じ学校に行っています。弟は、外国語の勉強が好きです。英語と日本語とフランス語を勉強しています。妹は、数学と物理が好きです。よくパソコンで遊んでいます。弟も妹も、かわいいです。
ナラティブに基づく受容摂取言語促進活動
このようなテクスト(ナラティブ)を学習することで、学生は、そのテーマの下で、(1)何をどれくらい話せばいいか、(2)どのような全体構造で話せばいいか、(3)このテーマについて話すためにどのような語や言葉遣いを使うことができるか、を知ることができます。そして、教育企画②の意義③で話したような適切に実施された受容摂取言語促進活動従事を通して、学生はこの(1)から(3)を統合的に理解し経験し摂取することができます。教育企画②で論じたように、受容摂取言語促進活動は言語習得の中心的な部分です。それは、産出摂取言語促進活動に進むための準備的な言語育成段階です。この段階を充実して行うことが、表現活動の日本語教育のスキームできわめて重要な部分となります。
テーマについての産出摂取言語促進活動
1つのユニットでは、そのような受容摂取言語促進活動の後に、産出摂取言語促進活動が行われます。そのテーマについて、ペアになってお互いに自分自身のことを話す活動や、そのテーマについてエッセイを書く活動などです。そして、そうした活動の途上や事後に、学生はクラスメイトの学生からあるいは先生から、さらには教科書を参照することで、さまざまな支援や補充を得て、語や言葉遣いを再摂取してそれらに習熟することができます。
テーマに導かれた言語活動と言語習得
このように見ると、テーマを設定する形で企画され、学習のプラットフォームとしてテーマについての範例的なディスコースを示す表現活動の日本語教育は、テーマを軸とした日本語教育です。ユニットの学習を通じて、学生の頭の中には常にユニットのテーマがあります。ユニット学習の前半で、学生はナラティブやレクチャーなどを通してそのテーマが実際にどのような形(内容と表現)で展開されるかを知り、同時にその展開を媒介している語や言葉遣いを知り、摂取を始めます。ユニット学習の中盤では、朗唱練習やシャドーイングなどによって学生はテーマの展開の仕方とそれを媒介している語や言葉遣いを本格的に摂取します。そして、ユニット学習の後半で、学生はそのテーマに沿って自分自身のことや自分の考えや意見を紡ぎ出し、その途上で語や言葉遣いを再摂取しそれに習熟します。このように表現活動の日本語教育では、テーマが軸となって、それに導かれて段階的に言語促進活動が展開され、それぞれの段階でそれぞれの形でテーマをめぐる語や言葉遣いが輻輳的に摂取され習熟されます。
テーマに導かれた言語習得の経路
「テーマに導かれた」ということについては、もう一つ、重要な点があります。それは、自己表現の日本語教育(NEJ)やテーマ表現の日本語教育(NIJ)の教育企画は、一連のテーマに導かれて日本語を習得する経路になっているということです。簡単にいうと、一つのテーマの下での表現活動を通した日本語習得が達成されると、次には、そこまでで育成された日本語技量である程度対応できるテーマの表現活動が設定されている、ということです。そして、自己表現の日本語教育もテーマ表現の日本語教育もそのような一連のテーマによる仮想的な日本語習得の経路の教育企画、になっているわけです。
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