2018年12月8日土曜日

日本語教育実践の再生:表現活動中心の日本語教育を創造するNEJとNIJ ⑨

♣3 教材③ ─ 文型・文法の扱い方

従来の日本語教育での文型・文法への偏重
 従来の日本語教育では、文型・文法は、日本語の学習と教育で最も重要な部分として扱われてきました。現在の基礎(初級)教科書を文型・文法を中心として編まれているし、中級の教科書でも各ユニットで特定の文型・文法を採り上げて教えるようになっています。そして、基礎段階や中級段階などの日本語教育を担当している先生たちが集う教員室では、学生たちの未習得・未習熟の文型・文法に関する話で持ち切りです。「まだ、テ-形ができない」とか、「ナイ-形の練習をしてみたら、ほとんどの学生はできなかった」とか、「『あげる』『もらう』『くれる』が、うまくできない」とか。学生の文型・文法の課題を見つけて、それについてあれこれ論じるのが、日本語の先生である証しででもあるかのようにみなさん滔々と話しています。そして、たいていの場合はぼやくばかりで何の対応もしないのですが、仮に対応をする場合でも、やはりその問題の文型・文法を採り上げてまた指導するだけです。そして、多くの場合、その課題は引き続き残ります。
 さて、同じ言語事項の領域として、文型・文法の領域と語いの領域の両方を考えてみましょう。そして、問いは「文型・文法と語いとどちらが重要でしょう?」という問いです。ほとんどの先生は、この問いには、少なくとも第一声としては、「どちらも重要!」と答えるでしょう。そして、どちらも重要であるなら、上の教員室での先生たちの議論は片寄っていることになります。一部の自然習得者などの例外を除いて、文型・文法の課題がある学生はたいてい全体としての日本語力に、つまり文型・文法だけでなく語いにも課題があるからです。そうなると、結局、先生たちが実施し、実践している日本語教育のトータルな教育力に根本の課題があるということになります。

表現活動の日本語教育における文型・文法の扱い方
 先生たちが実践する個々の授業が問題なのではありません。むしろ、根本の教育企画や教材のほうが、長い間何の根本的な革新もなく放置された課題なのです。そして、そのような大きな課題を克服して、日本語教育実践を再生しようとするのが表現活動の日本語教育の提案なのです。
 教育企画①(♠1)で論じたように、表現活動の日本語教育の企画には、文型・文法や語いの教育が組み込まれています。表現活動の運営に直接に奉仕するのは言葉遣いですが、言葉遣いでは文型・文法や語彙などの言語事項が動員されています。つまり、表現活動を行うためには、当然相応の言語事項が必要になるということです。
 教材として言うと、表現活動の日本語教育の教材のテクストに、習得が期待される文型・文法や語いがすべて織り込まれています。そして、実際の授業においては、教育企画②で論じたように、学習者が受容経験摂取的な言語促進的言語活動や産出補充摂取的な言語促進的言語活動に従事するように指導が行われることが期待されています。つまり、教育企画③で論じたように、学習者がテーマを軸とした各種の言語促進的言語活動に豊富に従事することが日本語の習得を最も有効に促進すると考えられています。
 NEJやNIJでは、文型・文法の練習のための素材は提供されていません。基本的に、文型・文法は、学習事項として採り上げて、取り立てて練習することは推奨されていません。むしろ、言語促進活動に段階的で豊富に従事させることが期待されています。

日本語指導におけるタッチ&ゴー
 ただし、文型・文法や語いなどで学生において「わからない」「うまくできない」というような課題が浮上した場合に、それを放置するわけではありません。しかし、課題があるからといって、それを採り上げて指導するということはやはりしません。文型・文法や語いなどの言語事項の課題に関しては、基本的には、タッチ&ゴーという形で対応します。タッチ&ゴーについては、教育実践②(♢2)で論じています。

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