4月から日本語研修コースが始まりました。国費留学生を中心とす る大学院進学予備日本語教育です。わたしは、日本語学習経験まっ たくなしのコンプリート・ビギナーのクラスの担当です。このクラ スのコーディネータを担当するにあたってわたしとしてはめずらし く「悩みました」、というかけっこう考えて頭を労しました。今回は、 そのときに考えたことの主要点を話します。 痛切に感じたのは、タイトルにあるように、(1)学習者は20代後半 以降であること、(2)学習者は全員非漢字系でその意味でほぼ間違い なくかれらにとって日本語はカテゴリー4の外国語であること、で す。 まずは、(1)について。高卒すぐの若い留学生はよく日本語が習得で きる。20歳前後の短期留学生も日本人学生との交流もわりあい活発 に行って習得が進む。しかし、20歳を超えると日本語習得能力が 徐々に減退していき、25歳くらいを境にぐっと落ちる気がします。 これは、実証的な研究に基づく見解ではなく、あくまで経験に基づ く感覚です。研修コースの学生たちは20代後半から30歳前後つま りアラサーで、かつ理系の学生が多いせいか、外国語の流れに素直 に身を委ねるよりも、システムを理解したい、システムを理解する ことが外国語習得の近道だと考えている学生が多いようです。この 状況はかなりの「不利」です。 次に、(2)について、少し情報も交えながら。アメリカの国務省語学 研修所は興味深い調査結果を公表しています。英語を母語とする者 の場合に、仕事ができる水準まで各言語を習得するのにどれほど時 間がかかるかという調査です。同調査によると、スペイン語、ポル トガル語、イタリア語、フランス語、オランダ語、スウェーデン語、 ノルウェー語、デンマーク語などが最もやさしいカテゴリー1に分 類され、23から24週間の集中教育が必要とされているのに対し、 最もむずかしいカテゴリー4に分類される日本語、中国語、韓国語、 アラビア語はその3倍以上の88週間となっています。この習得困 難度の差は何を意味するのでしょう。それは、さまざまな側面があ ろうとは推測されますが、常識的に考えられる大きな要因は、カテ ゴリー1の場合は英語と各学習言語の間で大ざっぱな言い方だが 「重なり」が多く、カテゴリー4の場合は「重なり」が少ないとい うことでしょう。そして、英語とカテゴリー1の諸言語の間で言う と、「重なり」の重要な部分は語彙の「重なり」と表記システムの重 なり、つまり類似した音声形態を有する同義あるいは類義の語がた くさんあること、及びその事情とアルファベットという文字の共通 性から書記言語の場合でも多くの「親しみのある語」が見つけられ るということです。例えば、現代英語の語彙の75%はフランス語あ るいはラテン語から来ていると言われ、その一方で頻用語彙の80% はゲルマン語系のものだと言われています。前者はカテゴリー1の ロマンス系の諸言語語との語彙の重なりの傾向を、そして後者はカ テゴリー1のゲルマン系の諸言語との語彙の重なりの傾向を示すと 言っていいでしょう。このような重なりに対し、英語と日本語の間 ではどれほどの語彙の「重なり」があるでしょう。仮に外来語を日 英語間の語彙の「重なり」と見るならば、概略5%から10%程度の 重なりがあることになります。しかし、その外来語も書記言語にな ると、アルファベットではなくカタカナで表記されます。そして、 書記日本語は、アルファベットを主要な文字として使用せず、漢字 仮名交じりという欧米語使用者にとってはまったく新規で異質なも のとなっています。その重要部を占める漢字は、形態が複雑で数も 多く巨大な学習の障壁となります。 研修コースの国費留学生はアフリカや南太平洋やアジアの国々から の学生、そして一部南米の学生となります。現在のクラスは15名で す。かれらにとっての日本語は、英語話者にとっての日本語と同じ ようにカテゴリー4に分類できると思われます。20代後半以降のか れらにとってそのようなカテゴリー4の外国語を学ぶことはたいへ んなチャレンジだと思います。 端的に、フツーの方法だけでやっていてはまともに困難にぶつかる と思われました。そこでわたしが提唱し先生方にお願いした重要な 工夫を2つお話しします。一つは、外国の国名でも町の名前でも人 の名前でもいいし、日本の有名な会社の名前でもいいし、さらには 外来語でいいので、とにかく「ああ、それは日本語でそのように言 えばいけるのか!」という安心の経験をたくさん与え、日本語の語 彙を蓄えさせることです。どんなものがあるかいろいろ考えてみて ください。もう一つは、「滋養豊富な活動」をたくさんすることです。 「滋養豊富」というのはいかにも抽象的ですが、あえて説明すると、 日本語のイントネーションやリズムに体を慣らすこと、また知って いることばの組み合わせの日本語の言葉遣いを「文節」や「内容語 と付属語」の構造を手で示しながら、日本語の切れ目のある流れや、 要素の構造的な流れを体に染みこませることです。 今日、うちのワンちゃんと散歩しているときに、おもしろい言い方 が思い浮かびました。「日本語が体に染みこむのに身を任せる」です。 外国語の習得がうまい人は、理解をそこそこ確保しながらこの「日 本語が体に染みこむのに身を任せる」ということをするがうまいの だと思います。そして、フツー以上にうまい教師は、本来の授業内 容を適切にこなしながら、その隙間で、学習者に「日本語が体に染 みこむのに身を任せ」させる機会を豊かに提供する教師なのだろう と思います。みんながそんな教師になったら、さぞかしすばらしい 教育実践が実現できると思います。めざすは、「手品のような授業」 です。
日本語教育、日本語教育学、第二言語教育学、言語心理学などについて書いています。 □以下のラベルは連載記事です。→ ・基礎日本語教育の授業実践を考える ・言語についてのオートポイエーシスの視点 ・現象学から人間科学へ ・哲学のタネ明かしと対話原理 ・日本語教育実践の再生 ─ NEJとNIJ
2018年4月22日日曜日
羅針盤:アラサーの学習者を対象としたカテゴリー4言語の教育(201605)
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