2018年4月22日日曜日

羅針盤:日本語教育と関連領域(201804)

新しい年度を迎えて、この春に大学院の修士や博士に入った方を少し意識して、この羅針
盤を書きたいと思います。日本語教育と関連領域とはどのような関係にあるかというテー
マです。

ご存じのようにぼくは、バフチンやヴィゴツキーやバーガーとルックマンなどをお勉強し
ていて、最近はますます関心が拡がりつつあります。そして、日本語教育と関係がありそ
うにも思えない、そんな研究者たちを採り上げてものを書くというようなことをしていま
す。しかし、そんなときでも、(1)日本語教育の企画と実践の創造のためという観点から、
(2)かれらの論のキモをつかみ取った上で、(3)日本語教育の企画と実践の創造のためにそ
れを再編成する、というようなしかたでやっています。

これまでぼく自身は自分のことを応用言語学者とは思っていませんでした。「○○学者」と
うまい名前をつけることができないと思っていました。これまでのぼくは応用言語学とい
う研究分野を、「個別言語を研究する」言語学にとどまらず、言語のその他の側面を扱う分
野、つまり社会言語学や機能文法や言語行為論などの知見も「応用」して言語教育を考え
る研究分野というふうに狭く規定していました。しかし、英国カーディフ大の百済さんと
いっしょに仕事をしていてわかったのですが、どんな分野に「はるばると遠征して行って」
も、その「遠征」の目的が言語教育の改善に資することで、どんなに「遠くに行っても」
やがては言語教育のところに舞い戻ってくるなら、それは応用言語学と言うらしいです。
そんな意味でいうなら、ぼくは応用言語学者でしょう。そして、応用言語学者であるなら、
(a)(言語教育政策や、さらに広くは言語政策なども含めて)言語教育に関心を置くこと、
(b)一人の研究者でもいろいろな方面に「遠征」して行くという「マルチ性」を持っている
こと、(c)「遠征」先の分野をただ紹介するのではなくクリティカルに検討してそこから言
語教育に関連する洞察を引き出すこと、そして(d)言語教育に舞い戻ってくること、という
要件が必要です。

日本語教育学の関連領域は、言語学や日本語学さらには言語社会学などにとどまらず、心
理学系、社会学系、人類学系などさまざまな分野にますます!?拡がりつつあります。今、
日本語教育学の人はそれぞれいろいろな方面に「遠征」に出かけて行っています。しかし、
日本語教育学の人(「日本語教育学」という看板を上げている限り、これは本来日本語応用
言語学者なのだろうと思います)は、「遠征先」の分野をクリティカルに検討しているでし
ょうか。そこから深い洞察を引き出しているでしょうか。またマルチになっているでしょ
うか。そして、最も重要なことは、日本語教育に関心を置き、日本語教育に舞い戻ってき
ているでしょうか。日本語教育に比較的近い関連分野に「遠征」する人は、あまりにも直
截に(短絡的に?)知見の応用をしようとする傾向があるように思います。その一方で、
新しい関連分野に「遠征」する人は、あまりに遠くに行ってしまって、「迷走して」しまっ
たり、うまく日本語教育に戻れなくなったりする傾向があるように思います。

これから大学院で勉学する人たちは、先生たちや先輩たちから「研究! 研究!」、「論文! 
論文!」と責め立てられるでしょう。「そんな教育にベタなテーマではだめ! もっともっ
とテーマを局所的に絞らないとだめ!」とも厳しく言われるでしょう。「研究(らしい?)」
プロダクトを出すためには、そんな先生や先輩たちの言葉に耳を傾けるのが、当面は必要
だと思います。しかし、日本語教育への関心は捨てないでほしい。そして、(当面は)自身
の研究分野を極めて、そこから日本語教育のための洞察を引き出して、それを携えて舞い
戻ってきてほしいと思います。

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